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2012-21.jpg「月は相変わらず寡黙だった。しかしもう孤独ではない。」
         村上春樹『1Q84』 BOOK2 <天吾>








『1Q84』がやっとやっと文庫になりました!どれだけ待ったことか!
3月末から連続刊行されたBOOK1~3、各前後編計6冊、読了しました。ただいま2周目です。
わたしにとっては久しぶりにして、最大の長編となりました。

物語の舞台は月が2つある世界です。見慣れた黄色い月と、小さくいびつな緑の月。
今日の絵はそれを描いてみました。が、2つの位置これでいいんだっけ・・・?自信がない・・・
下敷きになっているのは実際の1984年、ふっと空を見上げたくなるような現実感があります。
新潮社の特設ページには作中の地名を網羅した地図があるんです。にくい演出だ。
1Q84に限らず、手で触れるようなリアリティが、私の思う村上春樹作品の魅力の1つです。

長編小説を読むときはたいてい、その世界にとっぷり浸かります。
周りのいろんなものを一時遮断して、実際に見て聞いて触ろうとしてる。その世界の仕組みで考えようとする。
途中で止めると頭の中はまだ物語世界を歩いている感じになります。
村上春樹作品を読んでいるときは特に浸かり具合が深くて、読み終わってもしばらく戻ってこられない。
現実とうまく馴染めないというか、ちょっとした混乱があります。
テキストとして向き合うのではなくて、無防備に迷い込み振り回されるこの時間!なんともいえない充足感です。
わたしが生まれるほんの4年前、こんなことが起きていたのだとしたら、その連続あるいは延長上に今生きているのだとしたら・・・なんてことだろう!

これが、勉強のために読むときとの一番の違いです。

・・・さて、ここからちょっと語ります\(^o^)/1Q84のネタバレ含みますので、 未読のかたはご了承ください。
思いつくままにつらつらやります。お暇な方だけお付き合いを(笑)

個人的にはとてもよかった。満足だ。
海辺のカフカと同じくらいにランクインだ。
なんだかとてもすっきりしている。目的がはっきりしていたせいだろう。青豆と天吾は再会して結ばれた。1Q84年から脱することができた。うん、わかりやすい。
「わかりやすい」ということがどうにも腑に落ちないとも思うのだけど・・・置き去りにされるのに慣れてたから余計に。
突然のやさしさに戸惑わないこともない。

もちろんわからないままも山のようにある。
ふかえりはどうしたんだ?戎野先生の企みの行方もわからない。でも彼女はリーダーの死を知ってそうだ。
安田恭子の身に何が起こったのか?あゆみの死は何に関連するのか?
あのタクシーの運転手は何者?
ふかえりを通して受胎したことは確かだと思うんだが、その時の天吾の様子、つまり体の自由がきかない状態はまるでリーダーのそれのように見える。天吾は次のリーダー的なものになる可能性を持つのか・・・とすると、これまでの構図からいって青豆の子どもが天吾にとっての巫女・・・?いやいや、それをさせない世界を青豆とふたりで書いていくはず。
抜け出した世界はどこなのか。虎が左の横顔を見せている世界。
うーん、キリがない。
気になるのは物語のこの先だけど、そこはどうしようもないんだよな。これから起こるんだから。「空気さなぎ」の終わりと一緒なんだ。

読みながらとても気になったのは、時折わたしたち読者が巻き込まれるということ。
つまり作中で読者に向けた呼びかけがなされているということ。
・すんでのところで二人が再会できなかった場面、「ここでいくつかの『もし』が我々の頭に浮かぶ。」
「我々」には間違いなく、一連の流れを見守っていた読者が含まれている。
・牛河の死体から空気さなぎを作る場面、リトル・ピープルについて「あなたや私とだいたい同じ顔をしている。」
「あなた」は、まさにこの一行を読んだわたしであり、「私」はこの場面の語り手だ。
しかし、BOOK3に牛河の章を見つけたときは驚いた。予想外。

いつも置いてけぼり、こんなストレートにこっちを向いてくれたことなんてなかったじゃない!どうしたの?!
・・・っていう気分なのはわたしだけですか。
語りが3人称になったことも影響しているのかな。1人称でこれがあったら不自然すぎるもんな。
あとあと、タマルさんの「誰にそんなことがわかる?」の一言!彼の視線が青豆を抜けてこちらに刺さった感覚になった。「あんたは何も言うなよ」もしくは「あんたは自信を持てるか?」そんな声が聞こえそうだ。

まだまだまだあるけどこの辺でやめよう(笑)書きながらどんどん出てきて収まりつかなくなった。
2周めはより丁寧に読んでみようと思います。
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました!ご意見、それは違う!などありましたら遠慮なく!

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2012-20.jpg空色に染め上げて










空を見上げて、この色をこのまま真っ白な布に染め付けたらどんなにきれいだろうと思うことがあります。
この先いくら技術が進んでも、自然にある色をそっくり作り出すことは叶わないだろうな。
空にかぎらず、たとえば日の光を浴びてつやつやしている木の葉の緑も、それぞれに濃密でひきつけられる花の色も。
にぎやかな色合いに囲まれていながら、自然のもつ色はいつでも新鮮で、すこしの時間で消えてしまう。
だから、時にわたしたちははっとさせられ、自然そのものの色を美しく尊いものだと感じるのかもしれません。

まったく話が違うんですが(笑)
『車のいろは空のいろ』という児童向け童話をご存じですか?タクシーの運転手さんが主人公の・・・多分題名は合ってるはず・・・。
たしかタクシーのお客さんによって、ちょっと不思議なことが起こるんです。
全体はほんわかした雰囲気だけど、お客さんの抱える背景には辛く苦しいことも。読み終わった後に何かしら小さな塊を残していくような印象がありました。
大学の講義で読んだのですが、あらためてもう一度読んでみたいなーと、この記事にタイトルをつけながらふと思ったのでした。

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2012-19.jpgそれは、たべること
吸収すること









通信で勉強を始めてから1年が過ぎました。
各科目ごとに複数のレポートを書かなきゃならないこともあって、この1年少しでいろんな本を読みました。
専門書、エッセイ、統計資料、個人の記録、雑誌……などなど。もちろん教科書も。
全部を端から端まで読み込めたわけではないけれど、それでもずいぶんたくさんのページを繰ったと思います。

始めは何かを調べるとか、わからないことを探すような読み方でした。
でもふと気づくと、最近は本の中身を丸呑みするような読み方になりました。
もぐもぐため込んでいって、食べきったら頭と体に行き渡らせる。足りなかったらもう一度。
じゅうぶん沁み込んだと思えてから、欲しいものを取り出して整理する。
これを繰り返しているうちに、だんだん自分の中で枠組みができてくる感じがする。自分のどこか一部に組み込まれた感じがある。

ごはんを食べて、栄養が吸収されて、自分を形作って動かしてくれているのにそっくりだと思ったんですね。
もともと本を読むのは好きだったけれど、これまで以上に欠かせないものになりました。
一生懸命に心を注いで読んだものは、自分の中で、じぶんを作る何かになる。

そして、あくまで個人的にですが、そういう感覚は液晶画面より紙の手触りの上にあると思う。
本の世界に入っているときの、「この本とわたし」の間にある独特の空気。あれはどこからくるんだろう。
活字こそが至高のメディアだとまでは言わないけど、やっぱり読書は紙媒体だよなぁというのが、個人的な主張なのです。

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年齢:
37
性別:
女性
誕生日:
1988/04/30
職業:
学生
趣味:
さんぽ/ちょっとした料理/
自己紹介:
幼稚園の先生と保育士を目指しています。
スカイツリーまで徒歩圏内に在住、地元で塾講師もやってます。
アップする絵はスケッチブックにえんぴつで→見ながらペンタブとアズペインター2で作成しています
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